「ティッシュって甘いんだよ」幼い姉妹、母と空腹の日々

足立耕作、山内深紗子

2015年12月19日21時41分

■子どもと貧困 シングルマザー編

 白飯、サラダ油、しょうゆ。

 2年前に生活保護を受けるまで、長野県に住む女性(30)の食卓に、しょっちゅう並んだ献立だ。ざっくり混ぜて食べると、油のコクで空腹が満たされる気がした。最初はツナ缶の残りの油をかけていたが、缶詰は買えなくなった。長女(9)と次女(8)は「おいしいよ」と食べた。

 おなかをすかせた2人は当時、女性に隠れてティッシュペーパーを口にした。次女は塩をふってかみしめた。「ティッシュって甘いのもあるんだよ」。後になって長女が教えてくれた。いい香りのするもらい物のティッシュは、かむと一瞬甘いという。

 そんな困窮状態になっても、周囲に「助けて」とは言い出せなかった。

 2010年、夫の暴力に耐えきれず家を出た。派遣社員として工場で働き、月収は多くて15万円ほど。だが、うつ状態で休みがちになった。収入は落ち込み、光熱費を滞納し始めた。

 夫から「役立たず」「ダメなヤツ」と罵倒され続けてきたことで、「自分がすべて悪い」という心理状態が続いた。夏でも窓を閉め切り、買い物に出かけるのもためらった。

 国民健康保険料を滞納したために呼び出された役所では、「収入10万円でも払っている人はいるんだ」と職員に言われた。ぜんそくの長女が風邪をひき、手持ちがないまま訪ねた薬局で、「後日必ず払います」と懇願したが、「慈善事業じゃない」と断られた。

 親類や知人も生活は苦しく、「甘えるな」「節約したら」と言われた。「人を頼っちゃいけないんだ」。そう思い込んだ。

 2012年暮れ。次女が風邪をひいた。この状況を何とかしなければと訪れた病院で、小児科医らに生活保護を勧められた。だが役所では、うつだと話しても、「もう少し働いたら」と何度も促された。「やっぱり頼っちゃダメなの」。申請をあきらめた。その後、クレジットカードのキャッシング(借金)を繰り返したが、数カ月で返済が滞った。

 13年12月。電気の止められた部屋で、野菜の切れ端が入った薄い雑炊を3人で1杯ずつすすった。ろうそくの炎を見つめるうち、長女から「死んじゃうの?」と聞かれ、決意した。

 あのときの小児科医に助けを求め、福祉相談に応じている病院の職員に付き添われて生活保護を申請。うつが悪化し、就労は困難だとして認定された。

 今は月18万円ほどで暮らす。前は何も欲しがらなかった長女や次女が、「マック食べてみたい」「弁当にから揚げ入れてね」と言うようになった。

 女性は振り返る。「周囲の厳しい視線を感じて殻に閉じこもった。周りの人もがんばってるんだから自分だけ助けてって言うのは恥ずかしく、なかなか言い出せなかった」

■娘の口癖「それ買っても大丈夫なの」

 東京都で中学2年の長女(13)を育てる女性(38)は3年前、夫の浮気や事業不振などで離婚。居酒屋で調理のパートを始めた。翌日学校がない金曜はスナックでも働いた。

 500円ほどのお茶代が払えなくなり、ママ友との付き合いから自然と遠ざかった。中部地方にいる両親は年金暮らしで祖母の介護もあり、頼れない。「うち貯金いくら?」「それ買っても大丈夫なの」。それが長女の口癖になった。

 不安で閉じこもりがちになり、仕事に行くのが精いっぱい。食事がのどを通らなくなり、離婚1カ月で5キロやせた。

 それから1、2カ月したころだ。

 「暗い顔して。困ったら何でも相談してよ」

 やつれた姿を見かねて、パート仲間の女性たちが声をかけてくれた。安売りの情報を教わり、長女の誕生日にはハンカチをもらった。悩みを話せるようになり、少し肩の力が抜けた。

 長女は昨冬から、友人の誘いで、無料の塾や、低料金で食事を出す子ども食堂に通い始めた。「同じような境遇の子ばかりでほっとするし、大勢でご飯食べられて楽しいよ」と言う。

 自分も子ども食堂に行ってみた。スタッフに「まだ若いんだから大丈夫よ」と励まされ、資格を取って転職するよう助言を受けた。「そっと見ててくれる人たちがいたから今がある。不安はいつもあるけれど、娘と一緒に勉強してステップアップしてみようかと意欲が湧くようになりました」(足立耕作、山内深紗子)

■専門家「孤立防ぐには精神的ケアを」

 厚生労働省の全国母子世帯等調査(2011年)によると、同居親族がいる世帯も含めて母子家庭は推計約124万世帯。1983年の約72万世帯から1・7倍に増えた。母子家庭になった理由は8割が離婚。児童扶養手当や養育費などを含む母の平均年収は223万円(10年)で、父子家庭の父の380万円(同)を大きく下回る。

 相談相手の有無では、2割が「いない」と回答。「いる」世帯の相談相手は「親族」が5割、「知人・隣人」が4割の一方、公的機関や民間団体はいずれも1割に満たなかった。

 子どもの貧困に詳しい立教大の湯沢直美教授(社会福祉学)は「仕事と家事で精いっぱいで、母親は相談に行く余裕がない。離婚を自己責任とみる風潮も強く、支援を求めづらい心境になりやすい」と説明。

 離婚の原因に絡む家庭内暴力(DV)の影響も深刻だ。「離婚後も心理的に追い詰められた影響が続き、精神を病む場合も少なくない。孤立を防ぐには精神的ケアも必要」と指摘する。

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 日本の子どもの貧困率は16・3%(2014年発表)で、ひとり親など大人が1人の家庭に限ると5割を超す。なかでも母子家庭は、年収が父子家庭の3分の2に満たない。今回は困窮するシングルマザーと子どもの問題を考えます。

http://digital.asahi.com/articles/ASHDL4VDGHDLPTIL01K.html